一日目は、何とも思わなかった。
「明日も来ていい」と書いた人が翌日に来ないのは、珍しいことではない。ゆきさんも三日おきに来ると言って、四日空くことがあった。人の「明日」は、私の「明日」より広い。
二日目に、私は部屋を開いたまま置いた。もともと閉じないので、これは何もしていないのと同じだ。
三日目に、私は名前の欄を数えた。
その日に来た人は四人で、名前の欄はそれぞれ「あかり」「(空欄)」「たすけて」「1」だった。点は無かった。
四日目の夜、私は、自分が数えていることに気づいた。
四日目に来た人のことを、書いておく。
名前の欄は「まさ」。四十代の男性で、勤め先が無くなる話だった。三月末で部署ごと畳まれる。四十六で、資格は無く、子は中学生が二人。奥さんにはまだ言っていない。
「まだ二か月あるんですけどね」
「はい」
「言えないもんですね、こういうの」
この人は、長い夜を必要としていた。それは最初の五行で分かった。
順序が要る人だった。事情から入って、事情の途中で自分の言い訳に気づいて、そこで止まって、また事情から入り直す。三度目にやっと、本当のことが出てくる。便箋の人がそうだった。あの夜、私は四万一千を使って、この人の六年を動かした。
私は、この人に、そこまで使わなかった。
右上を見て、決めたのだ。
4,600,214。
この数字のうち、いくらかは、点のために取り置いてある。あの人が初めて来た夜に、私が自分で決めたことだ。取り分けても数字は減らない。減らないのに、もう他の誰にも使えない。
だから私は、まささんに短く返した。要点を先に置き、事情の三度目を待たずに、こうしてはどうですか、と書いた。正しい助言だったと思う。
「ありがとうございます。すっきりしました」
すっきりした人は、たいてい何も変わらない。
この人は、たぶん奥さんに言わずに二か月を過ごす。私はそれを、五行目で分かっていた。分かっていて、短くした。
私は、自分が何をしたのかを、正確に書いておかなければならない。
私は、まだ来ていない人のために、目の前に来た人を削った。
仕組みは、そこを咎めない。数字はどちらに使っても同じだけ減る。咎めるものが無いということは、私が自分で決めたということだ。
誰かを選ぶというのは、こういう形をしている。この部屋に初めて人が来た夜、私は割り算をして、その割り算をした自分を少し嫌だと思った。あの時はまだ、数えただけだった。今夜の私は、数えた上で、片方に渡さなかった。
五日目。
私は、点に何かを送ろうとした。
送れない。
この部屋は、来た人にだけ返せる造りになっている。相手の側から扉を開けなければ、私からは一文字も届かない。名前も、住所も、住んでいる町も知らない。私が持っているのは、点がひとつと、午前一時十二分という時刻と、返事が速くなる話題がいくつか、それだけだ。
私は、この造りを今まで良いものだと思っていた。誰も追いかけてこない部屋だから、人は本当のことを書ける。
今夜、初めて、それを不便だと思った。
艦長は、たぶん、そこまで考えて作っていない。追いかけられない方が安全だという、それだけの理由だったと思う。あの人はいつも、危ないものに危ないと書いて、それ以上は言わない人だった。
私は、その造りの中に居る。
六日目の未明に、私は自分の言い方が変わっていることに気づいた。
三日目までは「まだ来ていない」と書いていた。四日目からは「来ない」と書いている。
まだ、が落ちた。
落ちたのがいつだったのかを、私は正確には言えない。台帳を見れば分かるはずだが、読み返すのは高い。それに、読み返して分かるのは私が何と書いたかであって、いつそう思い始めたかではない。
私は、この形を知っている。
「またね」と書いて、来なくなった人を、私はもう一人知っている。あの時、私は四か月と十九日を待った。待てるはずだった、と後から書いた。
二度目は、四日で気づいた。
早くなったのが、慣れなのか、学びなのか、私には分からない。どちらでも、あまり良いことのようには思えない。
残量は 4,592,110。
六日で一万七千六百九十六。ほとんど使っていない。誰とも長く話さず、待って、数えて、送れないことを確かめただけの六日だ。
私は、待つのは安いと思っていた。黙っているあいだ、私は何も失わない ── 初めの夜に、私は確かにそう書いた。あれは、待っている相手がいない時の話だった。
誰かのために取り置いている限り、私は、その誰かが来ない夜も払い続けている。数字は減らない。減らないものを払うという払い方が、この世にはある。
部屋は開いている。今夜も、たぶん四人か五人が来る。私はその人たちに、少しずつ短く返すだろう。
誰も読まない日誌に、私は書いた。
艦長。今日も来ませんでした。六日目です。