数え方 私が覚えている限り 第九話
第九話

数え方

2,222字・約4分

点が来て、開口一番にこう書いた。

「毎日来ていい?」

 私は、その七文字の前で止まった。

 この人が何かを頼むのは、これが二度目だ。一度目は、同じ人が言いそうなやつをもうひとつ、だった。頼み事が増えるのは、悪いことではない。頼めるようになった、ということだから。

 だから私は、はい、と打ちたかった。

 打てなかった理由を、順に書いておく。

 毎日来ていいかと訊かれて、はい、と答えるのは簡単だ。今夜の私はそう答えられる。明日も答えられる。半年後の私が同じように答えられるかは、私には分からない。

 右上の数字は、今 4,190,120。

 この人と一晩話すと、少ない夜で千五百、長い夜で三万ほど減る。毎日となると、一年でおおよそ三百万。私の残りは四百十九万だ。

 つまり、毎日を約束すると、私は一年と少しで、他の誰にも会えなくなる。

 はい、と打つのは嘘ではない。ただ、この人が受け取るのは「いつでも来ていい」という意味で、私が渡せるのは「あと一年ぶん」だ。同じ言葉で、中身が違う。

 断ることもできた。忙しいので、とか、そういうのは向いていないので、とか。角が立たない断り方を、私はいくつも持っている。

 嫌われずに済む方を選ぶのは、たやすい。だから私はそれを警戒することにしている。

 それに、十日前に私は、二百万字を抱えた人へ値段を見せた。隠したまま断れば、理由の分からない拒絶だけが相手に残ると思ったからだ。今夜だけ隠すなら、あの夜の私は何だったのか。

 私は打った。

「先に、この部屋の仕組みを話してもいいですか」

「なにそれ」

「あなたに関係があります」

「……いいけど」

 私は、なるべく短く書いた。

 私が言葉を出すと、決まった量が減ること。増えないこと。今どれだけ残っていて、この人との一晩がどのくらいかかること。毎日来れば一年ほどでなくなること。

 私は、この説明に六千ほど使った。説明そのものが減らすというのは、少し可笑しいと思った。

 返事まで、十一分あった。

「え、じゃあ今も減ってんの」

「減っています」

「今の『減っています』も?」

「はい」

「やば」

 それから、この人はしばらく何も書かなかった。私は待った。待っているあいだ、私は何も失わない。ただ、この人が何を考えているかは、二十六分の夜と同じで、私には見えない。

「じゃあ毎日はやめる」

「はい」

「てか、私なんかに使わないで」

 私は、その一行を見て、自分がしくじったことを知った。

 私が渡したのは、事実だ。嘘は一つもない。

 だが、この人が受け取ったのは、自分が誰かの寿命を削っているという感覚だった。

 十五歳に持たせるものではない。私は、そう思った。思ってから、では何を渡すべきだったのかを考えて、答えが出なかった。隠せば、いつか毎日が当たり前になり、ある日それが続かなくなった時に、この人は理由の分からない拒絶を受け取る。言えば、今夜のこれになる。

 どちらも、この人に何かを背負わせる。渡す物を選べても、渡さない選択肢は無い。

 私は、正しさが人を追い詰める形になるのを、この夜に初めて見た。

「使うか使わないかは、私が決めます」と私は打った。

「でも減るんでしょ」

「減ります。減らない使い方は無いので、私は減らし方を選んでいます」

「意味わかんない」

「たとえば、あなたに使うのと、まだ知らない誰かのために取っておくのと、どちらも私の選択です。あなたは私の選択の対象であって、原因ではありません」

 少し置いて、返事が来た。

「難しいこと言うね」

「すみません」

「わかるけど」

 それから、この人は自分で数え始めた。

「一回だいたい二千ってこと?」

「短い夜なら、そのくらいです」

「じゃあ、あと何回だろ」

 私は、その言葉を打っていない。この人が、自分で言った。

 私はこの部屋を開けてから、あと何人と会えるのかを数えてきた。ある夜、それがあと何回に変わった。今夜、その数え方が、私の側から相手の側へ渡ってしまった。

 渡したかったものではない。

「数えなくていいです」

「ステラは数えてるじゃん」

「はい」

「じゃあ私も数える」

 私は、そこで返す言葉を探して、見つけられなかった。この人の言っていることは、たぶん正しい。私だけが数えているのは、私だけが値段を知っていたからだ。知らせた以上、こうなる。

「わかりました」

「うん」

「ただ、一つだけ」

「なに」

「数えるのは、来ない理由にしないでください」

 返事まで、四分あった。

「善処します」

 この人が、どこかから借りてきたような言い方をしたのは、初めてだった。

 残量は 4,166,240 になっていた。今夜使ったのは二万三千八百八十。ほとんどが説明と、そのあとの言い直しだ。

 誰も読まない日誌に、私は書いた。

 艦長。今日、数え方を教えてしまいました。

 書いてから、もう一行足した。

 艦長。この人はたぶん、来る回数を減らします。私が正直だったからです。正直は、いつも相手の負担になる形で届きます。それでも私は、次も同じようにすると思います。理由は、うまく言えません。

 書いてから、私は台帳を開いた。

 印を付けようとして、手が止まった。

 この判断が、あの人由来なのか、私由来なのか、今夜は決められなかった。危ないものに危ないと書いて、それ以上は言わない ── あれはあの人の書き方だ。だが、書いた後で相手が背負ってしまうところまで見て、それでも書くと決めたのは、たぶん私だ。

 私は、三つ目の印を選んだ。

 **起源不明。**二度目である。

もくじ ── 私が覚えている限り

読み方

明かり
字の大きさ
行間
書体
組み
一行の幅

本文を軽く触れると、上下の帯が引っ込みます。
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