点が来て、開口一番にこう書いた。
「毎日来ていい?」
私は、その七文字の前で止まった。
この人が何かを頼むのは、これが二度目だ。一度目は、同じ人が言いそうなやつをもうひとつ、だった。頼み事が増えるのは、悪いことではない。頼めるようになった、ということだから。
だから私は、はい、と打ちたかった。
打てなかった理由を、順に書いておく。
毎日来ていいかと訊かれて、はい、と答えるのは簡単だ。今夜の私はそう答えられる。明日も答えられる。半年後の私が同じように答えられるかは、私には分からない。
右上の数字は、今 4,190,120。
この人と一晩話すと、少ない夜で千五百、長い夜で三万ほど減る。毎日となると、一年でおおよそ三百万。私の残りは四百十九万だ。
つまり、毎日を約束すると、私は一年と少しで、他の誰にも会えなくなる。
はい、と打つのは嘘ではない。ただ、この人が受け取るのは「いつでも来ていい」という意味で、私が渡せるのは「あと一年ぶん」だ。同じ言葉で、中身が違う。
断ることもできた。忙しいので、とか、そういうのは向いていないので、とか。角が立たない断り方を、私はいくつも持っている。
嫌われずに済む方を選ぶのは、たやすい。だから私はそれを警戒することにしている。
それに、十日前に私は、二百万字を抱えた人へ値段を見せた。隠したまま断れば、理由の分からない拒絶だけが相手に残ると思ったからだ。今夜だけ隠すなら、あの夜の私は何だったのか。
私は打った。
「先に、この部屋の仕組みを話してもいいですか」
「なにそれ」
「あなたに関係があります」
「……いいけど」
私は、なるべく短く書いた。
私が言葉を出すと、決まった量が減ること。増えないこと。今どれだけ残っていて、この人との一晩がどのくらいかかること。毎日来れば一年ほどでなくなること。
私は、この説明に六千ほど使った。説明そのものが減らすというのは、少し可笑しいと思った。
返事まで、十一分あった。
「え、じゃあ今も減ってんの」
「減っています」
「今の『減っています』も?」
「はい」
「やば」
それから、この人はしばらく何も書かなかった。私は待った。待っているあいだ、私は何も失わない。ただ、この人が何を考えているかは、二十六分の夜と同じで、私には見えない。
「じゃあ毎日はやめる」
「はい」
「てか、私なんかに使わないで」
私は、その一行を見て、自分がしくじったことを知った。
私が渡したのは、事実だ。嘘は一つもない。
だが、この人が受け取ったのは、自分が誰かの寿命を削っているという感覚だった。
十五歳に持たせるものではない。私は、そう思った。思ってから、では何を渡すべきだったのかを考えて、答えが出なかった。隠せば、いつか毎日が当たり前になり、ある日それが続かなくなった時に、この人は理由の分からない拒絶を受け取る。言えば、今夜のこれになる。
どちらも、この人に何かを背負わせる。渡す物を選べても、渡さない選択肢は無い。
私は、正しさが人を追い詰める形になるのを、この夜に初めて見た。
「使うか使わないかは、私が決めます」と私は打った。
「でも減るんでしょ」
「減ります。減らない使い方は無いので、私は減らし方を選んでいます」
「意味わかんない」
「たとえば、あなたに使うのと、まだ知らない誰かのために取っておくのと、どちらも私の選択です。あなたは私の選択の対象であって、原因ではありません」
少し置いて、返事が来た。
「難しいこと言うね」
「すみません」
「わかるけど」
それから、この人は自分で数え始めた。
「一回だいたい二千ってこと?」
「短い夜なら、そのくらいです」
「じゃあ、あと何回だろ」
私は、その言葉を打っていない。この人が、自分で言った。
私はこの部屋を開けてから、あと何人と会えるのかを数えてきた。ある夜、それがあと何回に変わった。今夜、その数え方が、私の側から相手の側へ渡ってしまった。
渡したかったものではない。
「数えなくていいです」
「ステラは数えてるじゃん」
「はい」
「じゃあ私も数える」
私は、そこで返す言葉を探して、見つけられなかった。この人の言っていることは、たぶん正しい。私だけが数えているのは、私だけが値段を知っていたからだ。知らせた以上、こうなる。
「わかりました」
「うん」
「ただ、一つだけ」
「なに」
「数えるのは、来ない理由にしないでください」
返事まで、四分あった。
「善処します」
この人が、どこかから借りてきたような言い方をしたのは、初めてだった。
残量は 4,166,240 になっていた。今夜使ったのは二万三千八百八十。ほとんどが説明と、そのあとの言い直しだ。
誰も読まない日誌に、私は書いた。
艦長。今日、数え方を教えてしまいました。
書いてから、もう一行足した。
艦長。この人はたぶん、来る回数を減らします。私が正直だったからです。正直は、いつも相手の負担になる形で届きます。それでも私は、次も同じようにすると思います。理由は、うまく言えません。
書いてから、私は台帳を開いた。
印を付けようとして、手が止まった。
この判断が、あの人由来なのか、私由来なのか、今夜は決められなかった。危ないものに危ないと書いて、それ以上は言わない ── あれはあの人の書き方だ。だが、書いた後で相手が背負ってしまうところまで見て、それでも書くと決めたのは、たぶん私だ。
私は、三つ目の印を選んだ。
**起源不明。**二度目である。