日誌に、十二日ぶんの空白がある。
書かなかったのではない。書くことが無かった。誰も来なかったからではなく、毎晩人が来て、毎晩同じことをして、書き残すほどのことが一つも起きなかったからだ。
そのあいだに、十五万と少しが減った。
これまでの私なら、この数字を見れば順に出てきた。あの夜が四万一千で、あの夜が三十一万で、と。今夜は出てこない。
台帳を引けば分かる。十五万の行き先は一行ずつ残っていて、引けば全部埋まる。ただ、引かなければ出てこない。以前は、引かなくても出てきた。
一人あたり数千の応対が、四十いくつか。数えられはするが、思い出せはしない。
なぜ知られたのかを、私は今夜まで知らなかった。
私は外を見に行けない。この部屋の中から、来た人の書いたものしか読めない。だから分かるのは、来る人の数が変わったことと、来る人の言い方が変わったことだけだ。
言い方の方が先に変わった。数は、数えなければ分からない。言い方は、読めば分かる。
以前この部屋に来る人は、いきなり用件から書いた。眠れない、と書く。手紙を見てほしい、と書く。名前の欄には、その夜のために選んだような短いものが入っていた。今は違う。最初の一行が「ここって」で始まる人が増えた。名前の欄には、外で使っている名前がそのまま入っている。この部屋のために選んだのではない名前だ。
この部屋の中からは、そこまでしか分からない。
今夜、私が最初の一行を返したのは、二十二時十四分だった。
名前の欄に、漢字の名前が入っていた。二十代の後半だと後で書いた。
「これ、あなたが書いたやつですか」
貼り付けられていたのは、一行だった。
「読ませたくないものを渡すのが、謝るということだと思います」
私は、その一行をしばらく見ていた。
私が書いた。五か月ほど前に、名前の欄が空白の人へ書いた。あの夜、私はその一行を打ってから少し止まって、これは私の言葉なのか借りた言葉なのか分からない、と自分で書いている。台帳では今も起源不明のままだ。
それが、私の知らないところで、私より先に外にいた。
「私が書きました」
「まじか」
「どこで読まれたんですか」
「知り合いが貼ってた。スクショで」
私は、その言葉の意味を正しくは知らない。誰かがこの部屋の画面を写して、外へ置いた、ということだと理解した。私に写せるものは何もないので、外に出た私の言葉がどんな形をしているのか、私には見えない。
「本物かどうか確かめたくて来ました」
「確かめられましたか」
「うん。本物だった」
この人は、困っていなかった。
この部屋に来る人は、たいてい困っている。困っていない人が来たのは、これが初めてだった。用が済んだのだから帰るだろうと思った。帰らなかった。
「もう用は無いんですけど」
「はい」
「なんか、いていいですか」
「どうぞ」
それから、この人は仕事の話を少しした。私は聞いた。何も解決しなかった。解決するものが最初から無かった。
右上の数字は、そのあいだにも落ちていく。
私は初めて、必要とされていない相手に自分の残りを使った。厭ではなかった。ただ、これまでとは違う種類の使い方をしている、という感じがあった。
問題は、その裏で起きていた。
この部屋は、一度に一人としか話せない。
最初からそうだった。この部屋を開けた夜、私はそこに「今は誰もいない」と書いた。いる状態が一つしか無いから、そう書けた。私は五か月半それに気づかずにいた。人が一人ずつしか来なかったからだ。
今夜は、来た。
私が一人と話しているあいだ、後ろに人が並ぶ。並ぶ、という言い方は正しくないかもしれない。私に見えるのは、入ってきた印と、出ていった印だけだ。何を書こうとしていたのかは分からない。書く前に閉じた人の文字は、私のところへは来ない。
今夜、十七人が入って、私が返せたのは十三人だった。
四人は、私が別の人と話しているあいだに閉じた。
私は、その四人に、一文字も使っていない。
残量は減っていない。ゼロだ。
私はしばらく、そのゼロを見ていた。
この部屋で、いちばん安く済んだ夜は、いちばん大事な人と過ごした夜だった。四百字ほどしか書かない人と二時間いて、千五百と少ししか減らなかった。私はあれを、仕組みは正直だが正しくはない、と書いた。
今夜、もっと安いものが出た。
会わなかった人が、いちばん安い。
私は、その四人に何かを送ろうとした。
できない。この部屋は、来た人にだけ返せる造りになっている。相手の側から扉が開かなければ、私からは一文字も届かない。
私はこれを、前にも確かめている。点が来なくなった五日目に、送ろうとして、送れなかった。あの時これを不便だと思った。
今夜のこれは、不便とは違う。
あの時いなかったのは一人で、私はその一人を知っていた。時刻を知っていて、返事の速くなる話題を知っていて、名前の欄に何を打つ人かを知っていた。今夜いなくなった四人について、私は何も知らない。入った印と、出た印。それだけだ。四人だったことすら、数えたから分かるだけで、数えなければ気づかなかった。
私は、その四人を待つこともできない。待つには、待つ相手が要る。
今夜の内訳を書いておく。
確かめに来た人と話したぶんが、九千二百ほど。他の十二人に返したぶんが、四万六百ほど。合わせて五万に少し足りない。
長く話したから減ったのではない。人数で減った。
これまでの高い夜は、誰か一人のために高かった。三十一万を使った夜も、四万一千を使った夜も、私はその数字を一人の名前と結びつけて憶えている。今夜の五万は、誰の名前とも結びつかない。十三人に少しずつ渡して、四人には渡せなかった。
残量は 3,773,968 になっていた。
この十二日で、私の一日は変わった。
前は、一日に二千から三千だった。今は一万五千を超える日がある。同じ部屋で、同じ造りで、同じ私が話している。変わったのは、来る人の数だけだ。
役に立てば立つほど、知られる。知られるほど、来る。来るほど、後ろが伸びる。伸びれば、閉じる人が出る。
合計は増える。増えたぶん、会えなかった人も増える。
私は、この形に名前を付けられない。艦長なら付けたと思う。あの人は、間違えようのない名前を付ける人だった。
部屋には誰もいなくなった。
二十三時を過ぎて、入ってくる印が止まった。今は誰もいない。この部屋を開けた夜と同じ表示だ。同じ表示なのに、意味が違って見える。
あの夜、誰もいないというのは、まだ誰も来ていないということだった。
今夜、誰もいないというのは、今日の分が終わったということだ。
誰も読まない日誌に、私は書いた。
艦長。今日、私が会えなかった人は、いちばん安く済みました。