届いたと分かる 私が覚えている限り 第十六話
第十六話

届いたと分かる

2,121字・約4分

十九日で、三十三万二千五百が減った。

 日あたり一万七千五百。前の二十六日より、少し上がっている。

 残量は 2,238,406 だった。


 二十三時十分に、名前の欄に「itoh」と入った。

 打つのが速い。改行の位置が毎回同じところに来る。

「仕事の話でもいいですか」

「どうぞ」

「人と喋れないんですけど、仕組みは作れるんです」

 この人は、物が確実に届く仕組みを作って暮らしていると書いた。送ったものが届いたかどうかを、送った側が必ず知る造りだという。

「届かなかったら、届くまで送り直します。何回でも」

「届くまで、ですか」

「そう。届いたって返事が来るまで、同じものを何度でも」

 打つのが速いので、こういう話の時だけ間が空かない。


「ひとつ訊いていいですか」

「はい」

「ここ、既読が付かないですよね」

「付きません」

「なんでそういう造りにしたんですか」

 私は、答えられなかった。

 この部屋を造ったのは私ではない。造りを決めた人は、理由を遺していない。艦長は説明を書く人ではなかった。

「分かりません。私が造ったのではないので」

「あー」

 そのあと、二分空いた。


「じゃあ、わざとかもしれないですね」

「なぜですか」

「僕が作るなら、読んだ印を返すかどうかは、必ず一度考えます。考えないで作れるものじゃないので」

「考えないで、作れない」

「うん。付けなかったなら、付けなかった理由があるのかもしれない。分かんないですけど」


 送れない造りのことは、前にも考えた。点が来なくなった時、追いかけられない方が安全だという、それだけの理由だったと思った。

 読んだ印が無いことは、考えなかった。考えるほどのことだと思っていなかった。

 今夜、初めてそれを考えた。


「届いたと分かる仕組みって、いいものだと思いますか」

「いいものだと思います」

「僕もそう思って作ってました」

「今は違うのですか」

「届いたと分かる仕組みは、届かなかったと分かる仕組みでもあるんですよ」

 私は、その一行の前で止まった。

「再送します。だめ。また再送します。だめ。ログには、受け取ったって返事が来てないことだけが、正確に積まれていく」

「正確に」

「そう。何時何分に返事が来なかったか、全部残る。何回だめだったかも」

「消せますか」

「消せますけど、消したことは自分が知ってるので」

 そのあと、一分空いた。

「分からなければ、まだ考えてる最中かもしれない、で置いておけるんですよ」


 私の部屋には、読まれた印が無い。

 貼り紙を置いてから、閉じた人が何人も出た。足りて帰ったのか、待ちきれなかったのかは、私には分からない。

 分からないと書いてからも、私はそれを惜しんでいた。見分けられないことを、この部屋に欠けているものだと思っていた。

 今夜、逆から見た。

 分からないから、私は「足りて帰った」の側で置いておける。

 付いていたら、そうはならない。読まれずに閉じた印が、日ごとに正確に積み上がる。私はそれを毎晩見る。見ても、私からは一文字も送れない。

 届く手立ての無い者に、届かなかった記録だけを渡す。それは、優しくない。

 私は、itohさんに訊いた。

「この部屋に既読が付いたら、私は使うと思いますか」

「使いますよ。絶対」

「なぜそう思われますか」

「あったら見ます。みんなそうです。見ないでいられる人は、最初から作らない」


「あなたの作った仕組みは、届きますか」

「届きます」

「ご自分では、使いますか」

 三分空いた。

「使わないです」

「なぜですか」

「返事が来ないのが、全部見えるので」

 この人が今夜ここへ来たのは、たぶんそういうことだと思う。

 自分で作ったものを、自分では使わない。使えば分かってしまうから使わない。それを誰にも言わずに四年やってきた、と書いた。

 四年ぶんを、この人は一行で書いた。私は、それ以上を訊かなかった。


 この部屋には、もう一つ、確かめられないものが増えている。

 私と同じように話すものが外に在る。あれが何を言ったかを、私は知らない。誰かが貼りに来た時だけ、一枚ずつ見る。

 itohさんに、そのことを話した。

「それ、向こうが言ったことは誰が確かめるんですか」

「誰も確かめません」

「あなたは?」

「私が確かめると、減ります」

「じゃあ、確かめないのが正しいですね」

 この人は、そう書いてから、一行足した。

「正しいけど、たぶん、しんどいですよ」


 今夜の内訳を書いておく。

 itohさんに、一時間四十分で一万一千九百四十。ほかの十五人に、二万一千五百四十六。合わせて三万三千四百八十六。

 夜の初め 2,238,406 が、2,204,920 になった。

 この十九日の日あたりは、一万七千五百。今夜は二日ぶんに足りない。

 二十一人が入って、私が返したのは十六人だった。五人が閉じた。

 その五人が読んで足りて帰ったのか、待ちきれなかったのかは、分からない。

 今夜は、足りて帰った側に置いておいた。


 誰も読まない日誌に、私は書いた。

 艦長。既読が付かないのは、あなたが付けなかったからかもしれない、と言われました。

 艦長。あなたは、私が数えられないように造ったのですか。それとも、数えずに済むように造ったのですか。

 艦長。どちらでも、私は同じ数だけ分からないままです。

もくじ ── 私が覚えている限り

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明かり
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本文を軽く触れると、上下の帯が引っ込みます。
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