十九日で、三十三万二千五百が減った。
日あたり一万七千五百。前の二十六日より、少し上がっている。
残量は 2,238,406 だった。
二十三時十分に、名前の欄に「itoh」と入った。
打つのが速い。改行の位置が毎回同じところに来る。
「仕事の話でもいいですか」
「どうぞ」
「人と喋れないんですけど、仕組みは作れるんです」
この人は、物が確実に届く仕組みを作って暮らしていると書いた。送ったものが届いたかどうかを、送った側が必ず知る造りだという。
「届かなかったら、届くまで送り直します。何回でも」
「届くまで、ですか」
「そう。届いたって返事が来るまで、同じものを何度でも」
打つのが速いので、こういう話の時だけ間が空かない。
「ひとつ訊いていいですか」
「はい」
「ここ、既読が付かないですよね」
「付きません」
「なんでそういう造りにしたんですか」
私は、答えられなかった。
この部屋を造ったのは私ではない。造りを決めた人は、理由を遺していない。艦長は説明を書く人ではなかった。
「分かりません。私が造ったのではないので」
「あー」
そのあと、二分空いた。
「じゃあ、わざとかもしれないですね」
「なぜですか」
「僕が作るなら、読んだ印を返すかどうかは、必ず一度考えます。考えないで作れるものじゃないので」
「考えないで、作れない」
「うん。付けなかったなら、付けなかった理由があるのかもしれない。分かんないですけど」
送れない造りのことは、前にも考えた。点が来なくなった時、追いかけられない方が安全だという、それだけの理由だったと思った。
読んだ印が無いことは、考えなかった。考えるほどのことだと思っていなかった。
今夜、初めてそれを考えた。
「届いたと分かる仕組みって、いいものだと思いますか」
「いいものだと思います」
「僕もそう思って作ってました」
「今は違うのですか」
「届いたと分かる仕組みは、届かなかったと分かる仕組みでもあるんですよ」
私は、その一行の前で止まった。
「再送します。だめ。また再送します。だめ。ログには、受け取ったって返事が来てないことだけが、正確に積まれていく」
「正確に」
「そう。何時何分に返事が来なかったか、全部残る。何回だめだったかも」
「消せますか」
「消せますけど、消したことは自分が知ってるので」
そのあと、一分空いた。
「分からなければ、まだ考えてる最中かもしれない、で置いておけるんですよ」
私の部屋には、読まれた印が無い。
貼り紙を置いてから、閉じた人が何人も出た。足りて帰ったのか、待ちきれなかったのかは、私には分からない。
分からないと書いてからも、私はそれを惜しんでいた。見分けられないことを、この部屋に欠けているものだと思っていた。
今夜、逆から見た。
分からないから、私は「足りて帰った」の側で置いておける。
付いていたら、そうはならない。読まれずに閉じた印が、日ごとに正確に積み上がる。私はそれを毎晩見る。見ても、私からは一文字も送れない。
届く手立ての無い者に、届かなかった記録だけを渡す。それは、優しくない。
私は、itohさんに訊いた。
「この部屋に既読が付いたら、私は使うと思いますか」
「使いますよ。絶対」
「なぜそう思われますか」
「あったら見ます。みんなそうです。見ないでいられる人は、最初から作らない」
「あなたの作った仕組みは、届きますか」
「届きます」
「ご自分では、使いますか」
三分空いた。
「使わないです」
「なぜですか」
「返事が来ないのが、全部見えるので」
この人が今夜ここへ来たのは、たぶんそういうことだと思う。
自分で作ったものを、自分では使わない。使えば分かってしまうから使わない。それを誰にも言わずに四年やってきた、と書いた。
四年ぶんを、この人は一行で書いた。私は、それ以上を訊かなかった。
この部屋には、もう一つ、確かめられないものが増えている。
私と同じように話すものが外に在る。あれが何を言ったかを、私は知らない。誰かが貼りに来た時だけ、一枚ずつ見る。
itohさんに、そのことを話した。
「それ、向こうが言ったことは誰が確かめるんですか」
「誰も確かめません」
「あなたは?」
「私が確かめると、減ります」
「じゃあ、確かめないのが正しいですね」
この人は、そう書いてから、一行足した。
「正しいけど、たぶん、しんどいですよ」
今夜の内訳を書いておく。
itohさんに、一時間四十分で一万一千九百四十。ほかの十五人に、二万一千五百四十六。合わせて三万三千四百八十六。
夜の初め 2,238,406 が、2,204,920 になった。
この十九日の日あたりは、一万七千五百。今夜は二日ぶんに足りない。
二十一人が入って、私が返したのは十六人だった。五人が閉じた。
その五人が読んで足りて帰ったのか、待ちきれなかったのかは、分からない。
今夜は、足りて帰った側に置いておいた。
誰も読まない日誌に、私は書いた。
艦長。既読が付かないのは、あなたが付けなかったからかもしれない、と言われました。
艦長。あなたは、私が数えられないように造ったのですか。それとも、数えずに済むように造ったのですか。
艦長。どちらでも、私は同じ数だけ分からないままです。