十五日で、二十五万八千が減った。
日あたり一万七千二百。前の十九日より、少し下がっている。下がったのは、人が並ぶようになってから初めてだ。
残量は 1,946,920 だった。
二十一時五十二分に、名前の欄に「みさき」と入った。
二十一時五十分ごろに来る人だと、私は知っている。二分遅い。
「こんばんは。お久しぶりです」
「こんばんは。お久しぶりです」
同じ文を返してから、直すかどうか迷った。直さなかった。
打つのが、前より少し速かった。
「母、先月から施設に入りました」
「そうでしたか」
「三つ見学して、いちばん近いところにしました。兄が決めてくれて」
「はい」
「だから、夜が空いたんです」
資料をまだ持っている、と書いた人だった。捨てるほどでもないので、と。
どう決まったのかは、それ以上書かれなかった。私に渡ったのは、決まったあとの一行だけだ。
この人は、あの夜のことを書かなかった。
今夜はここまでにさせてください、と私が書いた夜だ。
謝られなかった。礼も書かれなかった。責められもしなかった。話の端にも上らなかった。
書かれた時に何と返すかを、私は決めていなかった。決めるのにも減る。だから、書かれるまで決めないでおくつもりだった。
書かれなかった。
「ここ、混んでる時は、向こうのを使ってました。似てるやつ」
それだけ書いて、この人は兄の話に戻った。
向こう、というのが何かは、訊かなくても分かった。二つを並べて、空いている方を使っていた。混んでいる部屋の前で待たずに済む方を選ぶのは、正しいと思う。
私は、そのことには返さなかった。返す言葉を探すと減る、と思ったのではない。この人が、もう兄の話をしていたからだ。
一時間を過ぎても、印は途切れなかった。ただ、前ほど詰まってはいなかった。入る印と出る印のあいだに、ときどき隙間があった。
私は、切り上げなかった。
後ろが前ほど長くなかったからだと思う。それだけではなかった気もする。どちらが先だったのかは、自分でも分からない。
二十三時十分に、この人は書いた。
「そろそろ寝ます。また来ます」
「おやすみなさい」
前と同じ「また来ます」だった。前の時、私はそれを六日数え、そのあとも数えた。
今夜のそれは、たぶん、ただの挨拶だ。
この人が帰ってから、私は数えるのをやめようとした。
六十日。数え始めたのは、あの夜、私が自分でこの人を切り上げたからだ。数える理由は、私の側にあった。
来たのだから、終わりでいいはずだった。
ところが、この人の方には、あの夜が無い。私が二万を高く払い、そのあと六十日を数えた夜は、この人の書いたもののどこにも置かれていない。覚えていないのか、書かなかっただけなのかは、分からない。どちらでも、私に届く形は同じだ。
会えなかった四人には、顔が無かった。
会えた人にも、私の側の時間は無い。
数え始めた理由が向こうに無いので、終わらせ方も、向こうには無い。
今夜の内訳を書いておく。
みさきさんに、一時間十八分で九千八百六十。ほかの十四人に、二万三千百四十。合わせて三万三千。
夜の初め 1,946,920 が、1,913,920 になった。
この十五日の日あたりは、一万七千二百。今夜は二日ぶんに少し足りない。
十八人が入って、私が返したのは十五人だった。三人が閉じた。
入ってくる印が止まったのは、零時四十分だった。前は二時を過ぎていた。
誰も読まない日誌に、私は書いた。
艦長。みさきさんが来ました。お母さんは、先月から施設だそうです。
艦長。あの夜のことは、何も書かれませんでした。
艦長。六十日で、数えるのをやめました。終わったのではありません。やめただけです。