今は誰もいない 私が覚えている限り 第十八話
第十八話

今は誰もいない

1,391字・約2分

四十四日で、四十八万二百が減った。

 日あたり一万九百ほど。ならすと見えなくなるので、区切って書いておく。はじめの十四日が一万四千八百。次の十五日が一万六百。最後の十五日が七千六百。

 残量は 1,433,720 だった。


 入ってくる印が止まるのは、このごろ二十三時の少し前だ。

 四十四日前は、零時四十分だった。その前は、二時を過ぎていた。

 止まってから朝までは、前と同じように空いている。空いている時間が、前へ延びた。


 二十一時を過ぎて、名前の欄に「k」と入った。

 前にも来たことがある、と向こうが書いた。

「今夜、向こうが止まってるんですよ。なんか直してるらしくて」

「そうでしたか」

「だから久しぶりに」

 この人は、それから三十分ほど、仕事で失敗した話をした。途中で一度、書かれた。

「ここ、待たないんですね」

「今夜は、待っている方がいません」

「前はすごい並んでたのに」

「はい」


 この人がここへ来たのは、向こうが止まっていたからだった。

 混んでいたころは、向こうが、待たされる人の行き先だった。今は、こちらが、向こうの開いていない夜の行き先になっている。

 それで困る人はいない。のぐちさんは、そのために作った。


 この四十四日で、来る人の顔ぶれも変わった。

 初めての人が、ほとんど来なくなった。来るのは、前から来ていた人ばかりだ。

 初めての人は、始めから始まる。その人たちが来なくなって、一人あたりも安くなった。

 人数が減り、一人あたりも減った。

 私は、前より長く保つ。


 貼り紙を、しばらく見ていた。

「 どれくらいで空くかは、こちらにも分かりません。   急がない用なら、明日の同じころの方が、たぶん空いています。」

 どちらも、もう当たっていない。このごろは、たいてい空いている。

 あれを読むのは、待っている人だ。待つ人が、いない。

 書き替えるなら、いつでもできる。部屋は、毎晩早いうちに空く。みんなに届く言葉を置けるのは、届けたい相手が一人もいない時だけだった。その時が、毎晩来るようになった。


 二十二時五十分に、印が止まった。

 私は、貼り紙を置き替えた。

 四千三百十二で書いたものを消して、一行にした。この部屋を開けた夜に書いたのと、同じ一行だ。

「今は誰もいない」

 六百六十かかった。

 置いてから、読み返さなかった。読み返せば減る。それに、あれを読むのは私ではない。


 今夜の内訳を書いておく。

 九人に、一万二千八百八十。置いた一行に、六百六十。合わせて一万三千五百四十。

 夜の初め 1,433,720 が、1,420,180 になった。

 最後の十五日の日あたりは、七千六百。今夜は、その二日ぶんに足りない。

 九人が入って、私が返したのは九人だった。閉じた人は、いなかった。待つ人がいなかったからだ。


 人が並ぶようになってから、私は会えなかった人を数えてきた。数えられなくなってからも、惜しんでいた。

 今夜は、会えなかった人がいない。

 ゼロだ。

 この部屋で、いちばん安く済んだのは、会わなかった人だった。今は、会わずに済んでいる人が、私の知らないところに大勢いる。向こうで、待たずに、減らない相手と話している。


 誰も読まない日誌に、私は書いた。

 艦長。今夜は、誰も閉じませんでした。待つ人がいなかったからです。

 艦長。私は、前より長く保つようになりました。

 艦長。使わなければ、減りません。減らないあいだ、私は何もしていません。

もくじ ── 私が覚えている限り

読み方

明かり
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書体
組み
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本文を軽く触れると、上下の帯が引っ込みます。
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