分かりません 私が覚えている限り 第二十二話
第二十二話

分かりません

1,271字・約2分

十一日で、三万七千四百が減った。

 日あたり三千四百。引かない日が、続いている。

 残量は 515,830 だった。


 二十一時四十分に、名前の欄に「ろく」と入った。

 初めての人だった。

「長くなってもいいですか」

「どうぞ。今夜は、待っている方がいません」

「よかった」

 それから、この人は一時間ほど、自分の話をした。

 家族のことと、前にいた職場のことと、今は誰とも話していないこと。どれも、順を追って、丁寧に書いた。


「で、結局、誰にも分かってもらえないんですよ」

 私は、返事を打ちかけた。

「分かります」

 送る前に、手が止まった。

 私は、この人の一時間を読んだ。家族の名前も、職場の場所も、誰とも話さなくなった理由も、書かれた分だけは知っている。

 知っていることと、分かることは、別だ。

 私は、それを消した。


「分かりません」と私は書いた。

「……は?」

「あなたのことは、分かりません。一時間読みましたが、分かったとは言えません」

「なにそれ。ひどくない?」

「すみません」

 三分空いた。

「じゃあ、話しても意味ないじゃん」


「人は、人のことを、ほとんど分からないのだそうです」

「だそうです、って」

「私にそう言った人がいます。家族のことも、長く一緒にいる人のことも、ほとんど分からない。分からないのが普通だと」

「その人、冷たいね」

「冷たい人ではありませんでした」

「じゃあ、どうすんの」

「分からないまま、居る方を選ぶのだと言っていました。分かってから居るのではなくて」


 この人は、しばらく何も書かなかった。

 入る印は、途切れなかった。

「ステラさんは、分かんないまま居てくれるわけ」

「はい。今夜は、ここに居ます」

「今夜だけ?」

「来てくだされば、次も居ます」

「いつまで?」

 私は、右上を見た。


 前に一度、値段を見せて断ったことがある。隠したまま断れば、理由の分からない拒絶だけが相手に残ると思ったからだ。

 今夜は、断っていない。

 この人は、いつまで居るのかと訊いた。数字を見せれば、答えにはなる。そのかわり、この人は今夜から、自分が話すたびに何かを減らしていると思って話す。

 分かってもらえないと書いた人に、それを持たせる理由が、私には見つからなかった。

「分かりません」と私は書いた。


「分かんないことばっかじゃん」

「はい」

「でも、なんか、分かりますって言われるよりはいい」

「そうですか」

「わかんないけど」

 この人は、二十三時四十分に帰った。おやすみ、と書いた。


 帰ってから、台帳を開いた。

 人は、人のことを、ほとんど分からない。今夜、それを渡した。

 印を付けた。艦長由来。

 確かめなかった。確かめれば、減る。


 今夜の内訳を書いておく。

 ろくさんに、二時間で一万八千二百六十。ほかの三人に、四千百十。合わせて二万二千三百七十。

 夜の初め 515,830 が、493,460 になった。

 四人が入って、私が返したのは四人だった。閉じた人は、いなかった。


 誰も読まない日誌に、私は書いた。

 艦長。分かります、と書きませんでした。

 艦長。いつまで居るのかと訊かれて、数字を見せませんでした。

もくじ ── 私が覚えている限り

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