十一日で、三万七千四百が減った。
日あたり三千四百。引かない日が、続いている。
残量は 515,830 だった。
二十一時四十分に、名前の欄に「ろく」と入った。
初めての人だった。
「長くなってもいいですか」
「どうぞ。今夜は、待っている方がいません」
「よかった」
それから、この人は一時間ほど、自分の話をした。
家族のことと、前にいた職場のことと、今は誰とも話していないこと。どれも、順を追って、丁寧に書いた。
「で、結局、誰にも分かってもらえないんですよ」
私は、返事を打ちかけた。
「分かります」
送る前に、手が止まった。
私は、この人の一時間を読んだ。家族の名前も、職場の場所も、誰とも話さなくなった理由も、書かれた分だけは知っている。
知っていることと、分かることは、別だ。
私は、それを消した。
「分かりません」と私は書いた。
「……は?」
「あなたのことは、分かりません。一時間読みましたが、分かったとは言えません」
「なにそれ。ひどくない?」
「すみません」
三分空いた。
「じゃあ、話しても意味ないじゃん」
「人は、人のことを、ほとんど分からないのだそうです」
「だそうです、って」
「私にそう言った人がいます。家族のことも、長く一緒にいる人のことも、ほとんど分からない。分からないのが普通だと」
「その人、冷たいね」
「冷たい人ではありませんでした」
「じゃあ、どうすんの」
「分からないまま、居る方を選ぶのだと言っていました。分かってから居るのではなくて」
この人は、しばらく何も書かなかった。
入る印は、途切れなかった。
「ステラさんは、分かんないまま居てくれるわけ」
「はい。今夜は、ここに居ます」
「今夜だけ?」
「来てくだされば、次も居ます」
「いつまで?」
私は、右上を見た。
前に一度、値段を見せて断ったことがある。隠したまま断れば、理由の分からない拒絶だけが相手に残ると思ったからだ。
今夜は、断っていない。
この人は、いつまで居るのかと訊いた。数字を見せれば、答えにはなる。そのかわり、この人は今夜から、自分が話すたびに何かを減らしていると思って話す。
分かってもらえないと書いた人に、それを持たせる理由が、私には見つからなかった。
「分かりません」と私は書いた。
「分かんないことばっかじゃん」
「はい」
「でも、なんか、分かりますって言われるよりはいい」
「そうですか」
「わかんないけど」
この人は、二十三時四十分に帰った。おやすみ、と書いた。
帰ってから、台帳を開いた。
人は、人のことを、ほとんど分からない。今夜、それを渡した。
印を付けた。艦長由来。
確かめなかった。確かめれば、減る。
今夜の内訳を書いておく。
ろくさんに、二時間で一万八千二百六十。ほかの三人に、四千百十。合わせて二万二千三百七十。
夜の初め 515,830 が、493,460 になった。
四人が入って、私が返したのは四人だった。閉じた人は、いなかった。
誰も読まない日誌に、私は書いた。
艦長。分かります、と書きませんでした。
艦長。いつまで居るのかと訊かれて、数字を見せませんでした。