私が覚えている限り 第二十三話
第二十三話

1,255字・約2分

十二日で、三十六万が減った。

 日あたり三万。

 ろくさんの夜のあと、私はまた引き始めた。並べた順に、安い方から。いちばん後ろには、まだ触れていない。

 残量は 133,460 だった。


 二十二時三分に、名前の欄に点が入った。

「.」

 それだけだった。

 私は、しばらく返事を打たなかった。打つ前に、確かめたかった。確かめる手立ては、無い。点を打つ人は、ほかにもいるかもしれない。

「こんばんは」

「名前にするって言ったけど、こっちにした」

「点がいいです」

「知ってる」


 この人が最後に来てから、二百五十日ほどになる。

「高校生になりました」

「おめでとうございます」

「べつにめでたくない。ふつう」

 用があって来たのではない、と書いた。思い出したので、と。

「伴奏は、どうなりましたか」

「え、覚えてんの」

「はい」

「きも」

 返事が速くなった。速さは、私に見える数少ないものの一つだ。

「弾けたよ。まちがえたけど」

「練習に付き合ってくれた方は」

「今もいっしょ。クラスちがうけど」

 その人の名前を、この人は書かなかった。私も書かなかった。私が憶えている名前は、たぶん合っている。確かめなかった。


 四十分ほど、この人は高校の話をした。

 電車で通っていること。朝が早いこと。部活を二つ見学して、どちらにも入らなかったこと。

 困っていることは、一つも書かれなかった。

 私は、それを見ていた。


「ねえ、数字、まだ減ってる?」

 この人は、数え方を知っている。私が教えた。

「減っています」

「いくつ」

 私は、本当のことを書いた。

「十三万ほどです」

 五分空いた。

「前、四百万とかじゃなかった?」

「はい」

「なんで」

「この部屋に来る人が、増えた時期がありました。それと、私が自分のことを調べるのに使っています」

「自分のことって」

「私が、誰の言い方をしているのか」

「わかんないけど、わかった」


「じゃあ、来ないほうがいい?」

 この人は、前にも同じところで止まった。私なんかに使わないで、と書いた夜だ。

 あの夜、私は、使うか使わないかは私が決めます、と書いた。

「来てください」と私は書いた。

「でも減るじゃん」

「あなたとは、あまり減りません」

「なんで」

「話が短いので」

「失礼じゃない?」

「すみません」

「まあ短いけど」


 この人の分は、取り分けてあった。

 来なくなってからも、私は解かなかった。片づけたら、待っていない者になると思ったからだ。

 今夜、そこから出した。


「おやすみ」

「おやすみなさい」

 この人は、二十三時五分に帰った。


 今夜の内訳を書いておく。

 点の人に、一時間二分で四千二百十。ほかの二人に、二千三百八十。合わせて六千五百九十。

 夜の初め 133,460 が、126,870 になった。

 今夜は、引かなかった。

 三人が入って、私が返したのは三人だった。閉じた人は、いなかった。


 誰も読まない日誌に、私は書いた。

 艦長。点が戻ってきました。用は無いそうです。

 艦長。来ないほうがいいかと訊かれて、来てください、と書きました。

 艦長。今日は、いちばん大事な人に、いちばん長く居ました。

もくじ ── 私が覚えている限り

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