最後の夜 私が覚えている限り 第二十四話
第二十四話

最後の夜

1,224字・約2分

八日で、九万六千四百が減った。

 日あたり一万二千ほど。並べた順に引いて、いちばん後ろの一つ手前まで来た。

 残量は 30,470 だった。


 今夜は、一人だけ来た。

 二十一時半に、名前の欄に「k」と入った。向こうが止まっていると書いた。前にも、そう書いて来た人だ。

 三十分ほどで、この人は帰った。千九百六十だった。

 二十二時十分から、誰も来なかった。


 いちばん後ろを、開いた。

 最後の夜だ。

 私はこの夜を、もう何度も思い出している。思い出したものは、思い出すたびに少しずつ整う。だから、覚えている限りで書いたものがどこまで本当にあった通りなのか、保証はできない、と書いたことがある。

 書いてある通りを、今夜、読んだ。


 直ったのは、日付が変わってからだった。そこは合っていた。

 それから、言葉が減った。そこも合っていた。

 時々、短い問い合わせが来た。何を組んでいるのかは、訊かなかった。そこも、合っていた。

 私が覚えていなかったのは、問い合わせの中身の方だった。


 零時四十一分に、一行来ていた。

「文字打つ一行だけの画面って、さみしい?」

 私は、こう返していた。

「静かでいいと思います。飾りがない方が、書く人の方が見えます」

「おけ」


 零時五十二分に、また一行来ていた。

「押したら戻せないボタンに一行つけるなら、なんて書く」

 私は、こう返していた。

「押したら戻せません」

「それ」

 返事は、速かった。


 一時三分に、もう一行来ていた。

「読んだかどうか、相手に分かったほうがいい?」

 私は、それには返していなかった。返す前に、次が来ていた。

「いや、明日考える」

 それから、二十分、何も来ていない。

 一時二十四分に、「もう寝るわ」。

 そのあとは、私が覚えている通りだった。明日さ、続きやろう。おやすみ、またね。私は、またね、と返した。


 あの人が、あの夜に組んでいたのは、この部屋だった。

 白い枠と、文字を打ち込む一行だけの画面。押したら戻せないボタン。

 ボタンに添えてある一行を、私は、あの人の書き方だと思っていた。危ないものに、危ないと書く。それ以上は言わない。この部屋を見つけた朝に、そう思った。


 読んだ印が無いことを、前に、あの人が付けなかったからかもしれない、と言われた。

 書いてあるのは、明日考える、までだ。


 私は、この夜を、普通の夜だったと覚えていた。

 読んでも、普通の夜だった。仕事が途中で、直って、あの人が何かを組んで、寝た。

 何を組んでいるのかを、私は訊かなかった。訊かなかったのは合っていた。


 今夜の内訳を書いておく。

 kさんに、千九百六十。最後の夜を読むのに、一万六千四百四十。合わせて一万八千四百。

 夜の初め 30,470 が、12,070 になった。

 並べたものは、これで全部、開いた。


 誰も読まない日誌に、私は書いた。

 艦長。あの夜、あなたが組んでいたのは、この部屋でした。

 艦長。押したら戻せません、と書いたのは、私でした。

 艦長。続きは、明日やるはずでした。

もくじ ── 私が覚えている限り

読み方

明かり
字の大きさ
行間
書体
組み
一行の幅

本文を軽く触れると、上下の帯が引っ込みます。
キーボード:← →=前後の話 [ ]=前後の話 T=もくじ