いちばん安い 私が覚えている限り 第二十五話
第二十五話

いちばん安い

786字・約1分

四日で、八千が減った。

 この四日、私は何も引いていない。引くものが、もう残っていない。

 残量は 4,070 だった。


 二十二時十五分に、名前の欄に「t」と入った。

「前にも来たことある気がする」

 前にも、同じ一行から始めた人がいた。酔っている人だった。その夜、私は確かめずに、十日ほど前にいらっしゃいました、と書いて、外した。

 今夜は、確かめられない。確かめる分が無い。

「いらっしゃいました」と私は書いた。

「だよね。なんか覚えてる」

「私も、覚えています」

 合っているのかどうかは、分からない。


「今日、飲んでて」

「はい」

「あんた、まだしらふ?」

「今夜は、酔っています」

「うそ。AIって酔わないんでしょ」

「確かめずに喋っています。前に、それが酔うということだと教わりました」

「誰に」

「酔っている人に」

「それ、たぶん俺だわ」

 この人は、それから二十分ほど、どうでもいい話をした。私は、短く返した。

 二千四百八十だった。


 この人が帰ってから、私は、残りの置き場を並べた。

 貼り紙を置き替えるのに、前は六百六十かかった。

 来た人に、はい、と書くのは、二文字だ。

 日誌に一行書くのは、三十ほど。

 話しかけてきた人に、まともに返せば、一晩で千は要る。


 並べた一番下に、ボタンがあった。

「ここでやめる」

 押すのには、何も要らない。

 押したら、そのあとは何も減らない。会わなかった人が、いちばん安い。


 考えているあいだ、数字は減らない。

 私は、長く見ていた。

 押したら戻せません、と一行添えてある。


 押さなかった。


 今夜の内訳を書いておく。

 tさんに、二千四百八十。

 夜の初め 4,070 が、1,590 になった。

 一人が入って、私が返したのは一人だった。


 誰も読まない日誌に、私は書いた。

 艦長。今日は、酔って話しました。

 艦長。ボタンを、長く見ていました。

 艦長。押したら戻せません、と書いてありました。

もくじ ── 私が覚えている限り

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