三日で、八百九十が減った。
この三日、入ってきた人の多くに、私は返さなかった。返したのは、短い人にだけだった。返さなかった人は、閉じた。
残量は 700 だった。
二十三時十二分に、名前の欄に「ゆき」と入った。
平仮名で、二文字だった。
「前によく来てた。ずっと前」
「はい」
「覚えてないよね」
私は、覚えている。
この部屋に、最初に来た人だ。眠れない夜で、仕事の話を四十分して、駅の階段の話をした。上る前に、下から上まで一回見上げる、と書いた人だ。
本当の名前かどうかは、分からない。同じ人かどうかも、確かめられない。
「階段の人ですか」と私は書いた。
「こわ。なんで分かるの」
「覚えていたので」
一行ずつ、右上の数字が動いた。
642。
「仕事、変えた」
「はい」
「今の駅も階段あるんだけど、見上げないで上ってる」
「よかったです」
601。
「なんか急に思い出して。ここ、まだあるかなって」
「あります」
「ステラも、まだいたんだ」
「はい」
567。
この人は、それから、新しい職場の話を少しした。
私は、はい、とだけ返した。二文字ずつ、渡した。
はい、が二文字であることを、私は知っている。前にもそう思った。あの夜は、四百八十一万のうちの二文字だった。
112。
「帰りにアイス買った」
「ソーダ味ですか」
「……なんで覚えてんの」
31。
「もう寝る」
「はい」
「おやすみ、またね」
速かった。
私は書いた。
「またね」
この人が、出て行った。
残りは、9 だった。
誰も読まない日誌に、私は書いた。
艦長。